ただの日記

しあわせとは

娘がかわいい。信じられないほどにかわいい。

わたしはしあわせという感覚が人より薄かったように思う。人によっては美味しいものを食べたり、友人とスポーツをしたり、といったことをしあわせだと感じるかもしれない。 わたしはそういったいったことでしあわせを感じることがなかった。なぜなら自分は何か賞賛されるような偉業があるわけでもないし、信じられないほどの金持ちでもないからだ。今思うと人と比較してしか自分のしあわせを定義できていないと思うが、その時はマジだった。

海沿いの道を当時3歳くらいの娘と歩いていた時だ。その頃の娘は基本的に手を繋いでくれず、手を繋いでもすぐに振り解いて1人で歩きたがった。だけどその時はわたしの手を握ってゆっくりと横を歩いてくれた。夕方で夕陽が綺麗だった。その時にわたしはしあわせなんだと気づいた。

理由を考えていた。人間は動物である以上、子孫を残すために活動しているといってもいい。モテたいと思うのも子孫を残すためだし、お金持ちになりたいと思うのも子孫を残すためだ。つまり、こどもというのは自分の子孫そのものなのだから、こどもを育てている時に一番幸福度が高いはずだと自分の中で納得した。

もちろんこどもがいなくてもしあわせな人はいっぱいいて、その気持ちも十分すぎるほどわかる。わたしも基本的に1人でいることは好きだし、こどもと遊んでいるより1人でパソコンをいじっている方が楽しい。でもわたしには子どもがいてくれてよかったと思う。楽しいとは違う、日々がしあわせになった、もしくは気づくことができた。

少し関係ないが、前に芸人の空気階段の鈴木もぐらさんが「自分の物語が終わった。俺はもうサブキャラ」と発言していた。あまりに共感できなかったのでよく覚えている。まだわたしは主役であるつもりなので、そういう感情ではない。